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伝えたいこと
最近、映画を見てて、そのエンディングに流れる曲を聴いて、

あることを感じた。

歌が上手いわけじゃないけど、

この曲は、この人じゃないと

こういう伝わり方はしないだろうな?

そう思った。

まぁ、とてもありがちな話です。

・・・

全ての表現には、

意図すること。

つまり【伝えたいこと】があるのです。

まだ、卵にもなっていない、

意識の中で形にならない感情が浮遊しているような・・・

そんな状態から、細かい糸を繋ぎ合わせていくような感覚で、

少しずつ形にしていく作業。

それが、表現におけるプロセス、つまり【過程】です。

絡まった糸を解いては、繋ぎを繰り返し、

苦心の末、やっと【表現物】という最終的な形になる。

その過程を経てこその最終的な表現に繋がっているわけで、

過程を知らぬ者、

或いは、

その過程を感じ取れていない者が、

いくらオリジナルそっくりのものを

表したとしても、

なんの魂もない、張りぼてにしかならない。

例えるなら、ダヴィンチのモナ・リザを

高精度のコピー機でスキャンしたものと変りなく、

そこには、何一つ価値もない。

模写や写し、カバーなどの作品も多く存在するが、

8割は、コピペと大差がない。

ただ、オリジナルの背景にある【過程】を汲み取る才能がある場合は、

別の次元の作品になる。

・・・

作者は、何を伝えたかったのだろうか?

僕は、殊更表現というもの全てに対して、

その1点が全てであると思っていて、

あらゆる表現物のそこをどう読みとるかが、

それを堪能する上での醍醐味だと思っている。

だから、時々出くわす【過程の無いもの】に当たってしまうと、

なんとも言えず、悲しい気分になる。

ある意味それは、【邪魔にならないもの】として、

今の世の中的には重宝がられる場面もあるだろう。

例えば曲であれば、BGMには最適だし、

例えば料理であれば、会話中心で適当に腹を満たすには丁度よい。

要するに【目的は別にある】という場面だ。

適当なカバー曲のBGMが流れ、

ネットや本でみた料理をアレンジして出され、

壁には、印刷されたインテリアのような絵画が飾られ、

雑貨屋で買った適当な小物が置かれている・・・

そこには【伝えたいこと】は何もない代わりに、

邪魔になるものがないということで、

ある一定の心地よさがあるかもしれない・・・

・・・

何かを生み出すには、

必ず【過程】がある。

今の世の中は、どうにもソコが抜け落ちているように

思えてならない。

表層部分だけを切り貼りし、

そこに一喜一憂しているように感じてしまう。

モノ作りや表現といったものの中にあったはずの、

【精神】が見えてこない。

逆にそんな重々しいものは、邪魔な世の中なのだろうか?

邪魔にならない、気軽で手軽なものを

使い捨てする世の中。

伝えたいことなんて、必要ない。

その過程も必要ない。

なんとなく、その場の流れで【いいね】があればいい。

なんとなく、その世界の中で【映え】ればいい。

表面にあるものが全てで、

表面だけの日常が全て。

その時代を誰かが生み出し、

その時代の中で育った若者が

次の時代を生み出す。

この先の未来にどんな【表現】が生まれるのだろうか?

プロセスを省略した表現の中に、

どんな感動があるのだろうか?

僕は、その時代の中で粛々とその過程を見続ける他ない。

それが、今の僕が伝えたいことなのかもしれない。
イメージする形

 

2005年のオープンから5年後の2010年に、

それまでのスタイルをやめ、

新しい店作りをイメージするようになった。

2011年に、30坪だった店舗を100坪のレストランにし、

リニューアルオープンした。

当時、37歳。

とても大きな借金を抱えてしまったのですが、

それでも、当時は何処か浮ついた気持ちもあり、

どうにかなるように思っていました。

そのリニューアルオープンの際に、

僕の恩師である陶芸家、

そして今は、北海道陶芸会の会長でもある

中村裕さんから

お祝いのお手紙を頂きました。

・・・

【 “心に描けない事は、形になりませんが、

心に描いた事は、いつか形になる。”

可能性があります。

その可能性を実現出来る“器”は、

一体なんでしょう? 】

他でも何度かこの手紙の話をしたこともあり、

この手紙は、生涯手元に置いておく大切なものです。

文字の美しさ。

内容の深さ。

流れるような簡潔な文書。

全てにおいて、僕は心に沁みたのですが、

何より、先生の心の温かさとその深さだと思うのです。

実は、僕がこの手紙を大切にしている理由が別にもあり、

当時の僕は、この手紙に勇気づけられたというよりは、

【見透かされている・・】

と感じてしまったのです。

先生は、僕に対して苦言を呈して、

この手紙を書いた・・ということではなく、

純粋な想いであったことは明らかなのですが、

僕自身が、ふわふわと浮ついていたのですね。

今までを一新して、新たなことに挑戦したい!という

思いもあれば、心の何処かで根拠なく、上手くいくだろう・・

そういう傲りにも似た邪念があったように思うのです。

蓋を開けてみれば、御覧の通り。

それからというもの、上手くいかないことばかり。

ただでさえ膨大に膨らんだ借金も、

返せないので、更に借金を借金して返す・・という

自転車操業。

新しいプロジェクトにも手を出すが、

これもまた上手くいかない。

社内でも問題が絶えない・・

いつしか、色々なことが嫌になり、

2016年にリセット。

もう一度、ひとりで始めよう。

そう、思ったのでした。

その時、思い出したかのように、

この手紙を読み返しました。

【その可能性を実現出来る“器”は、一体なんでしょう?】

心にイメージを描き、それを作るところまでは、出来たが、

それはただの空っぽの“器”だった。

そして、その“器”の本当の意味は、当然、自分自身を指す。

僕自身が大きな器として成長しない限り、

張りぼての大きな建物は、意味のない“器”に過ぎない。

僕は、初めてこの手紙を読んだとき、

直観的にそれを感じてて、

そして、時を経て、改めて深くそう感じたのです。

あの頃の自分には、もう後に引けない思いがあり、

突き進む以外の道がないように思い込んでいました。

・・・

長い前置きになったのですが、

そして、また今、僕は新しいことに向かおうとしています。

年齢的に、これが最後の挑戦になるかもしれませんが、

今出来ること。

今したいこと。

そんな“今”を最大限に表現した空間を創りたい。

さて、どんな空間が良いのだろうか?

レストランという枠を壊したい。

もっとエキサイティングな空間が欲しい。

そんなことも考えた時期もあったのですが、

2周回って、

今は、この上なくレストランらしいレストランを作ろう。

そんな気分です。

僕が今感じている“時代性”からくる感覚でいうと、

様々な形式を経て、正統派の洗練された空間がベストな気がしています。

当然、そうじゃないお店も色々とあって面白いので、

全ての人に当てはまる事ではないけど、

僕的には、それがいいように感じています。

形式みたいなものは、マンネリが続けば、

壊したくなるのが世の常。

壊した中に、爆発的に面白い表現も生まれる。

そこに追随する形で、更に大勢がそれを追いかける。

そうなると、でたらめなものも沢山世に出てくる。

まがい物で溢れかえると、収拾がつかなくなる。

今のように超情報化社会になれば、

混沌の一途をたどる。

まさに今、僕が感じている社会やこのレストラン業界は、

そんな時代に来ている。

そうした中において、清く全うで正当な空間というのは、

ある意味、しっくりくる。

熟成と洗練を得て、僕が今イメージしている形とは、

オーセンティックで上質な空間なのです。

豪華さや贅沢感の定義や感覚は、時代の中で、

変わって行きますが、

今の時代と呼吸しながら、

普遍的な美を追求した空間を描きたいと思っています。

・・・

【その可能性を実現出来る“器”は、一体なんでしょう?】

この文のあとには、こう書かれてました。

“自由な心と挑戦する勇気”

自分の足元をしっかりと見つめ、

自由な心で、新しい未来を自分の手で掴みたい。

今、そう思っています。

自分のフィールド
色々なところで、似たようなことを話した記憶もありますが、

思考を重ねて今、改めて思う事。

・・・

僕の人生も、そして、僕の業界での在り方も、

全てにおいて常に考えてきたことは、

【自分のフィールドで戦う】という事。

それに尽きます。

・・・

思えば、18歳の頃、将来何をしようか?

何を目指そうか?と考えた時、

迷わず、自分の数少ない長所を生かせる職業にしようと考えました。

きっと、それは、遡ればずっと前、

そう、小学校の頃から、同じことを考えていたと思うのです。

クラスや学年という、学校の小さなコミュニティーにおいて、

その中でどうやって楽しく毎日を過ごすのか?というテーマは、

当時は、最も大切なことだったりします。

その中で自分の立ち位置を決める際に、

何を拠点にすべきか?を考えます。

それは、自分を客観的に見て、

他の人より何が劣っていて、何が優れているのか?

何を求められているのか?

そういうことを感じる能力なのかもしれません。

さて、話が変わります。

1997年 10月11日。

400戦無敗神話を引き下げ、日本の格闘界に乗り込んできた、

ヒクソン・グレーシーと“最強”高田延彦との一戦が行われたのは、有名な話。

僕も釘付けで観てましたが、

想像を遥かに超え、まさに秒殺!

腕ひしぎ十字固めであっけなく終わりました。

この時、僕は自分の中にあった【あること】と完全に重なったような思いがしたのです。

ヒクソンが今までにいない、

ヒクソンにしかない【強さ】があって、

それが何かというと、

一言で言えば【自分のフィールドでしか戦わない人】ということです。

ヒクソンは、自分のことをよく分かっていて、

どういう状況であれば自分が不利で、

どういう状況であれば自分が勝つことができるか?を熟知しているように思えました。

この時の高田をはじめ、ヒクソンに挑戦した全ての格闘家は、

その術中の中にいた・・・

それが勝敗の全てに思えます。

ヒクソンは【強い者が勝つ】という格闘技の定石を別の視点で見ていたように思います。

僕が感じたのは、加点法ではなく、減点法。

分かりやすく言うと、

勝敗を分けるのは、加点法のようにパワーを付けたり、打撃で圧倒したり、

テクニカルばかりを磨いたり、そういうことではなく、

単純に【ミスをしないこと】

すなわち【減点】がない状態をいかにキープできるか?が鍵なのです。

一流の格闘家で体格も大きな差がない場合は、

スキルでは、大きく差は出ない。

よくある話で、この手のアスリート同士のガチンコは、膠着状態になる。

力が五分である以上、お互いに警戒して技が出せない・・・

しかし、ヒクソンは、違った。

まず、相手を自分のフィールドに上がらせる。

対戦前から、既に戦いは始まっている。

その上で、彼は独自のトレーニングをする。

スパーよりも、山に籠ってヨガのトレーニング、瞑想、呼吸など、

完全に【精神を如何にして鍛えるか?】に終始する。

これが本当かパフォーマンスかは分からないが、

相手は、より異様に感じるのは確かだ。

そうなってくれれば、待ってました!ということだ。

ゴングが鳴る。

ヒクソンは、微動だにしない構えと表情。

相手は、警戒心でいっぱいだ。

石のように、硬い精神で、じっくりと攻寄る。

精神的に追い詰められた相手は、いつものような動きが出来ない。

この試合の為に、あれほど、様々なことを想定して、

トレーニングしていたにも関わらず、

全くといっていいほど、その成果が出せない・・・

どんどん焦りだす。

そこで“ミステイク”

平常心を失った相手は、思わぬミスを犯す。

そこで、一気にタックルをしかけ、

サイドから足を滑り込ませ、マウントポジション。

そこでも焦らず、じっくりとパンチで相手を弱らせていく。

更にスキが生まれた瞬間を狙って、関節技に移行・・・

フィニッシュ。
力は、五分であったかもしれない。

いや、もしかしたら、相手の方が強かったかもしれない。

しかし、勝敗は違ったのです。

強い方が勝つのではなく、

ミスを犯さなかったほうが勝ったのです。

それが、僕の観た1997年10月11日のPRIDE.1 ヒクソン・グレイシー 対 高田延彦 の戦いでした。

例え話が随分と長いですが、

当時、まさにこんなことを考えながら観ていて、

人生も仕事も、これと同じとは言い切れないが、

非常に似ているな・・・と実感したものです。

実感したというか、ずっと思っていたことだな・・と。

結局のところ、人それぞれに、自分の長所というものがあって、

その長所を生かし切れる【自分のフィールド】があるのです。

しかし、皆がそれを分かっているわけじゃない。

わざわざ、アウェイに乗り込んで、ボコボコにされる人も多いのです。

僕は、職業を選ぶ時点で、自分の長所を生かせる仕事を選択し、

その後、料理の世界に入ったら、今度は、この世界にも

色々な業態があることを知り、

自分にホテルのような世界に向いてないとすぐに気づき、

レストランに行くわけです。

そこにも、色々な世界があります。

そして、店を作るにも、色々なスタイルが存在します。

ここ数年、あまり自分には向いてない活動もしてきたのですが、

それも、勉強。

まさに、アウェイ状態で、ボコボコです・・・

今、この先の展開を考えた時、

もう自分のフィールド以外での戦いをやめようと思っています。

自分がすべきこと。

自分にしか出来ないこと。

それに特化すること。

それが最も効率のよい戦い方であり、

負けない戦略だと思うのです。

戦術を磨く人が多いのですが、

戦略の無い戦術は、

指揮官のいない軍隊が、闇雲に武器を振り回すのと同じ。

・・・

僕には僕のルールと戦い方がある。

僕だけのステージを創ること。

自分のフィールドでの戦い方は、

自分が誰よりも熟知している。

すなわち、僕の戦いは、これからだと思うのです。
【僻地への冒険】
いよいよ北海道に長い冬がまたやってきた。

年をとる度に、“なんでこんな寒い場所で暮らしているんだろう・・”と
思ったりする。

特にここ3,4年は、よく考えるようになった。

そもそも、生物にとって寒くていい事なんてなにもない。

生命の起源が温かい場所から誕生していることを考えても、
細胞にとって、寒くてよいことは何もないと言っていいだろう。

・・

何故、北海道に住んでいるのか?というと、

そこで生まれ育ったから・・・

自分の場合は、それ以外に理由はない。

では、何故自分の祖父母がこの土地に来たかと言えば、
更にその両親に連れて来られただけだと思う。

その両親がなぜ、来たかと言えば、
簡単な話、来たかった訳ではなく、
来るしかなかった・・・だけだろう。

ここからは、僕の勝手な想像だけど、
当時は、明治維新などがあり、その後、蝦夷地の開拓が進み、
新政府は、アイヌから土地を奪い、そこで、
北方警備と食料政策の両方の側面で、北海道の土地を
最大限に利用することを進めた。

笹だらけで、寒く、非常に痩せた土地だった北海道の地を
政府は、二束三文の価格で、提供する代わり、
そこで、大根や玉ねぎ、ビート、ジャガイモなど作るよう指示した。

たぶん、日本全国に応募をするような形で発令を出し、
“格安で土地を提供するので誰かやる人いない?”的な
ことを提案したのだろう。

当時、四国の香川、三豊という小さな村にいた祖父母の親は、
おそらく、長男でも次男でもなく、将来自分の畑は持たせてもらえない感じだったのだろう。

そんな時に、北海道でいい話がある・・と耳にする。

政府がタダ同然で、土地をくれるらしい。

そこで、農家をやって、一旗あげようじゃないか!・・と。

いや、そう思った人もゼロではないかもしれないが、
殆どは、仕方なく北海道に来たようにも思う。

そんな訳で、自分のルーツを紐解くと、
故郷を追われ、追い出されたに等しい状況で、
北海道に定着したのだろう。

故に、寒い土地に住んでいる人の殆どは、
そもそもは、移り住みたくて来たわけではないということだろうか?

・・

人・・所謂、現生人類ホモ・サピエンスは、
生物において唯一無二の存在といっていいだろう。

言語を操り、知性と創造性を持ち、文化・文明を築くことができる種。

その他の生物を一線を画す。

では、何故ホモ・サピエンスがそのような知的生命体となったのか?
とても話が長くなるが、
一説によると、爬虫類と哺乳類の長期にわたる戦いが関係しているらしい。

話を端折ってシンプルに言うと、
要するに、長きにわたった恐竜時代に、我々の祖先の哺乳類は、
生き延びるために、小型化し、更には襲われないように、
夜行性に特化し、ひっそりと隠れるように森で暮らす為になった。

敵に襲われないように、常に考え、常に注意深く、
どうすれば生き残れるかを常に模索して生きていたと言ってもいいだろう。

図体が大きく、狂暴な恐竜は、そこまで思考を働かせる必要性がない。

そうした状況が1億6500万年ほど続き、リスのようなげっ歯類は、
霊長類に進化し、ヒトやゴリラやチンパンジーへの祖先へと分岐する。

この時点では、人類とその他の霊長類とで、大差はない。

しかし、ここでも、また我々の祖先は虐げられることになる。

アフリカの密林も乾燥化が進み、徐々に木々が減っていく。

そこで暮らしていた大型の霊長類は、強い者は密林に残り、
弱い者は、疎林へと追い出されていく。

密林には、木の実や果実など食料も多い上、外敵から身を守りやすい。

一方、疎林は、木々もまばらで身も隠しにくい上、食料も乏しい。

そんな理由で、弱い種は、疎林へと追い出されてしまう。

その弱い種こそが、我々の祖先である。

そして、強い種は、その後ゴリラやオラウータンへと進化していき、
弱い種は、チンパンジーと人類へ枝分けれしていく。

この時点で、まだ決定的な脳の進化はないが、
その後、人類の系譜は、様々な種に枝分かれしていき、
一説では24種いたという。

その中の1種が我々、ホモ・サピエンスだ。

疎林での暮らしの中で、人類は、何故か二足歩行になり、
脳を巨大化させた・・・

森を追い出された弱いサルは、いつしか最強の生物【ヒト】へと進化していく。

・・・

寒い冬が北海道にやってきた・・・という話が、
随分と横道に反れてしまったが、
生命体というのは、日々移り変わる環境変化において、
否応なく住む場所や個の特性を変えていかなくてはいけないし、
時に強者に追われ、自分の住処を出ていかなくてはいけない事もある。

それとは、別に僕が思うことのひとつに、
生命体には、ある種【冒険心】みたいなものが、
遺伝子に組み込まれており、
生ぬるい環境を捨てて、
新たな未開の地を開拓したいという、
フロンティアスピリッツが備わっているのではないだろうか?

まだ見ぬ世界に飛び込み、逆境に置かれることで、
強い種として、進化を重ねてきた側面もあるように思う。

それは、現代社会においても同じだし、
また、我々の飲食業においても同じだ。

キビシイ環境下で、生き抜いてきたお店や個人は、
激動の時代においても自らを改革し、環境変化に適応し、
生き残っていくことができるだろう。

もともと弱い種であった我々が、生き残りをかけて脳を進化させた歴史も、
キビシイ環境下でしか、得ることの出来ないことであったようにも思う。

僕が、この北海道という経済的にも、
環境的にもキビシイ土地で日々生き残りをかけて戦っているのも、
まんざら悪いことばかりでもない。

自己改革において、この環境が与えてくれたことは、
試練でもあり、財産でもあるように思うのです。

この先のキビシイ時代を戦い抜き、生き残っていく為には、
そうした【生命力】がとても重要なのです。
凍えるように寒い日が続く北海道ですが、

ふと、こんな事を考えてみたりしています。
愚行録

ここ最近、楽茶碗に嵌っている。

色々な茶碗があるが、今の自分の好みとして、

楽茶碗が持つ、独自の世界にどうにも惹かれる。

詰まる所、利休であり、長次郎なのだと思うが、

当代、樂吉左衛門さんの作品は、凄い・・・

これもまた、まだ陶芸を始めて2年の今の自分が‥と前置きが必要だが、

今の自分が思うに、楽家450年の歴史を見ても、

当代の作品は、楽茶碗の枠をギリギリ保ちつつも、

そこを踏み越えている・・ような禁断の領域に迫る緊張感がある。

職人としての域を超えた芸術家としての性分がそうさせたような・・

自分では制御できない熱量を感じずにいられない。

そして、氏の作品をずっと眺めていると、

その意識は、光悦の作品に重なってくる。

僕は、素人で、何も知らない状態なので、そう感じるだけかと思い、

ネットで繋がりを調べてみた。

【15代 樂 吉左衛門 本阿弥光悦】で検索・・

すると、出たばかりの【光悦考】 著 樂吉左衛門 という本があった。

そっか・・・この世界の人にとって、

この二人の意識が繋がっていることは、承知のことで、

誰もが知っていることだったんだな・・と。

・・

樂歴代の茶碗を初代長次郎から現在に至る15代まで、ずっと眺めていると、

間違えなく、光悦のところで目線が止まる。

本阿弥光悦は、楽家の中にはおらず、2代目と3代目が存命中に

楽家とごく親しい関係で、出入りしていた、当時の総合芸術家だ。

光悦の作品は、とにかく自由に満ちており、

その淀みない表現力は、無垢で可憐で美しい・・・

造形を創り上げる感性は、

内に籠るようなエネルギーから来るものではなく、

外に向かって解き放たれるような精神から

生まれたものに思える。

まさに【天賦の才】

その言葉に尽きる・・・

・・

ここまで書いて、

どうにも、この生意気な自分の文書表現に嫌気が刺しつつ・・

愚行と知りながらも、言葉を続けさせてもらうが、

かくにも、この本阿弥光悦(ほんあみ こうえつ)という人物は、

当時のあらゆる芸術において、全て超一流であったのだから、

その才能たるや同時期にイタリア・ルネサンスで活躍した

レオナルド・ダ・ビンチに重ねてしまう人も多いだろう。

さて、そんな光悦の話を【光悦考】という1冊の本に吉左衛門さんが纏めるにあたって、

度々、文書の中で登場する人物が【林屋晴三】という方だ。

日本陶芸界の重鎮にして、その名は知らない人がいない・・という大先生らしい。

僕ごときが、どれだけの経歴で、どれだけ凄い人なのかを解説するのは、

あまりに恥ずかしいので、端折るが、

この本の中で、吉左衛門さんが、この林屋先生への敬意と愛情がたっぷりと描かれている。

師弟愛、親子愛にも似た・・また、それとも異なる、

なんとも言い難い関係だったと想像するが、

随所に様々な言葉で氏との関わり合いが綴られており、

この【光悦考】という本自体が、林屋先生に贈る最後の言葉だったのかな・・とも想像してしまった。

そして、本来は、光悦研究の第一人者でもある氏が、

【光悦論】を、人生の最後に自身の集大成として世に送り出すべきと考えていたのだろう。

無念にも、林屋先生は、昨年2017年の4月に他界されたらしい・・・

??

待てよ・・・

もしかして・・・

そう言えば、2016年の夏に、日本陶芸界の重鎮の先生がうちの店に来ると、

連絡があったじゃないか。

ミュゼのオープン以来、ショープレートを飾ってくださっている、

陶芸家 中村裕先生が食事に連れて来られた方じゃないのか?・・・

そう思い、当時のメールを見ると、【林屋晴三先生と行きます】と書いてあった。

まことに・・・

当時は、全くといっていいほど、その世界のことが分かっておらず、

90歳近いご高齢の先生・・が来たな・・ぐらいにしか、認識していなかった自分。

なんとも、愚かしいではないかっ・・。

そして、ミュゼに来ていただいた、その1年後に亡くなっている。

たったの2年前の話であることが、余計に愚かしいとも思ってしまう。

もし、あの頃の自分がたとえ今レベルの知識であったとしても、

その【縁】は【縁】として、

自分の人生の中に確かな【縁】として残ったのだはないだろうか?

・・・

しかし、不思議な縁として、

2年経った今、こうして【光悦】を知ることで、

改めて【林屋先生】の存在を認識することが出来た。
もし、今お会いすることが出来たなら、

無理やりにでも時間を作り、

どうにかして、少しでも有難いお話を覗うことができたのになぁ・・と

後悔の念は拭えない。

この自分の文書自体が、愚行そのものでもあるが、

これら含め【愚行録】をここに記す。
自分の中に在るもの
先日、専門料理の取材依頼を受けた。

内容は、お任せコースの全容。

この企画は、前にもあったもので、

今回で3回目。

最初が、今旬の若手料理人が中心のもので、

次が、35歳以下の料理人。

今回が、我々団塊ジュニア世代で、

25年のキャリアで、円熟味を増した世代。

・・と言っても、自分が円熟期に入ったのかというと、

今、入り口にやっと立った感じもするのが正直なところ。

モノ作りは、何事もやり続けると、更に奥が見えてしまい、

今の自分の位置に愕然としたりするものだ。

・・

あまり他人に興味がない自分でも、

プロとして最低限、専門誌やsnsを通して

【今の流行り】は、把握している。

同時に、この先何処に向かうのか?ということも考えるし、

今の若手の実力にも関心する。

今を感じさせる勢いという部分においては、敵わない感じもある。

それは、世代差でもあるし、やはり新しい時代というのが、

もう来てて、その中心は、今の20代、30代だろう・・

では、そこで今の自分が何を作るのか?を考えてみる。

張り合って、今っぽいものを作るのか?

それとも、自分たちが見てきた時代を今風に再構築するのか?

または、もう一度リセットして、今感じているものを自然に表現するのか?

そう考えると、一番最後の考え方が潔いとも思うけど、

実際には、これら全てのミックスというのが、正直なところだと思う。

その中で、どんな今、どんな自分を皿の上で表現できるのか?というのがポイントだ。

これは、時代とか世代とかよりも、自分の場合は、

とても個人的なことに由来していると思う。

僕は、そもそもが独学だし、キャリアひとつ取っても、独特だ。

いいか悪いかは別として、自分は24歳でシェフになり、

駄作を20年もの間、量産してきた・・

そういう意味では、料理における自分の表現というものに、

飽きているというか、感覚が疲れているような部分もある。

長い間、ずっと吐き出し続けるいると、

ある時期に、それら全ての過去の作品が嫌になってもくる。

また、手掛けてみたい!と思えるような作品が殆どない。

その瞬間、その瞬間を追いかけてきて、

感覚的にその時、面白いと思えることをずっとやってきたわけだから、

そろそろ、もっと本質的な料理に向き合ってもいいころかな?と思ったりする。

多分今は、次の新しい世界に向かう狭間にいて、

自分の中での【スタンダード】を確立しつつ、

少しずつ新しい扉も開こうとしている最中だと思う。

ただ、昔のような思い切りというか、勢いはなく、

もっと、じっくりと考えて、構えている感じはしている。

かつての自分は、スペシャリテなんていらない・・と思っていたし、

自分には作れない・・というか、性格的に向いてないと思っていた。

自分の料理は、スナップ写真でいい・・と。

それは、毎日移り変わる【自分そのものを移す鏡】みたいなものだ。

それが、僕の料理・・だと思っていた。

でも、最近思うことは、やっぱり表現者であるなら、

ひとつでもいいから【残る作品】も創り出したい・・という思うも強くなってきた。

もっと言うと、【作品】と言えるレベルの完成度のものをこれからは、

作っていかないといけないと思うようになった・・
僕は、そもそも、寸分の狂いもなく、

完璧を追求した作品にあまり惹かれるタイプじゃない。

なにか、こう・・余白というか、隙というか、

そういう【ゆらぎ】のようなものがないものって、

見ててつまらないと思う。

それは、料理も同様に、完全無欠の料理は、素晴らしいとは思うけど、

同時につまらない・・という感覚もある。

それは、僕の個人的な好みの問題だと思うけど、

それこそが、僕の個性であるなら、

それが自分らしさだと思う。

じゃ、今、そういう感性を持つ自分が、

どういうものを良しとして、完成度の高い作品を作るのか?というと、

とても、矛盾を感じる。

その自己矛盾との葛藤の中で、生み出されるいる今の料理というのも、

ある意味、スナップ写真だ。

結局のところ、僕は完成に辿り着けない・・・。

そういう、ある種、混沌とした意識の中で、

今を描くしかない・・。

・・

具体的な話に移ると、今作る料理は、出来るだけピュアで本質的に美味しいと

思うものが多い。

何故かというと、今のムーヴメントがその逆を行っているから。

僕は、根っからのアマノジャクなので、人がしている後を追いかけたくない。

出来るだけ、人と違う道に進みたい。

これは、矛盾と悪あがきの両方でもあるけど、

意図せず、今の自分がそういう方向を求めたように思う。

今若い世代が創り出している料理のスタイルを冷静に見た時、

いつくかの考え方、何人かのシェフは、残るだろうけど、

それ以外は、淘汰される。

最終的には、本質的なものしか残らない。

それは、ものの考えであり、素材のピュアな味わいであり、

テクニックも理に適ったものしか、残らないと思う。

しかし、誤解されると困るので、説明すると、

時代を進化させるためには、絶対に淘汰されるものにも同様の価値があるということ。

その競争原理があってこそ、本物が生まれるし、それが残るのだから、

いずれ淘汰されるとしても、そこで生まれた様々な無駄や駄作は、実は無駄ではなく、

次に進むための重要なエネルギーだと思う。

我々は、既にその時期を経験して、通過してきた世代。

そして、どうにか生き残った世代でもある。

ここ数年、新北欧料理の影響で、発酵が注目され、

今のガストロノミーにおいても、

ひとつのムーヴメントになっている。

まさに、これなんかが、先のいい例で、

若い世代が、北欧で修行して、ある種の熱量を持って、

自分ならではの解釈で、面白い発酵料理を作り始める。

当然、いろいろな人がやる中で、

おかしな料理も沢山、世に出てくると思う。

それを見て、我々の世代が、よくない!と指摘すること自体がよくない。

僕の考えとしては、自分の中にはリアリティーがないので、

やらないけど、そういう挑戦を見て、実にいいなぁーと感じる。

だって、もしかしたら、その中で、誰かが発見した凄い発酵料理が

この先の未来に、スタンダードな技術として継承される可能性だってあるわけで。

その挑戦の連続こそが、新しい未来を常に拓いてきたと思う。

だから、同時に多くの無駄と駄作も必要なわけだ。

それなしに、いきなり100年以上も持ちこたえられるような

本質的な発見など、生まれるはずもない。

【ひとつの発見】というのは、多くの犠牲の上に成り立っているということだ。

・・

自分には、リアリティーがないので、やらない。・・と言ったが、

これは、発酵だけのことではない。

発酵に関しては、別の問題として、僕の好みとして、

フレッシュ感のある味覚が好きだからやらない・・という考えもあるし、

今の時代の恩恵として、流通や保存技術が高度になり、

瑞々しい新鮮な食材が手に入る世の中で、

わざわざ、ピュアじゃない味を作り出すことにあまり意味を感じていないのも理由だ。

これは、否定ではなく、あくまで個人の考えと嗜好の問題。

長い人類の食の歴史の中で、

発酵や熟成を最大限に利用し世界中の人が

【スタンダードな美味しさ】として評価されたものは、

ワインとチーズと生ハムぐらいだろう。

それ以外にも、多くの発酵食品もあるが、

民族間の中で、留まっているものが殆どだ。

それらに比べ、ワイン、チーズ、生ハムは、

加工前の素材の味わいを遙かに凌駕する美味しさと

世界基準の味覚として固有の価値がある。

我々、日本人が誇る、味噌、醤油などが代表とする、独自の発酵文化があるが、

たとえ素晴らしい発明であっても、

今の時点では、世界のスタンダードには及ばない。

しかし、この先に未来は、よりグローバル化された味覚が、

民族や国境の垣根を越え、様々な味覚の融合がなされるであろう。

それは、また別の話だが・・・

・・

話が逸れてしまったが、リアリティーの話に戻すと、

僕は、自分の中にないものは描けない・・という感覚がとても強く、

それは、他のシェフよりも強烈にあるように思う。

最近も、京都で知り合った人から素晴らしいタケノコを送ってもらっているが、

やっぱり、何処か自分の中でリアリティーがない・・

何度か料理を作っているうちに、手が付けられなくなってくる。

この感覚は、どう説明すればいいのか分からないが、

自分の中にないもの・・・という言葉でしか説明しようがない。

同様に、甘鯛やノドグロなんかも同じだし、ホタルイカも同じ感覚だった。

他の店で食べて、感動したり、地元にないものなので、

興味本位で使ってみたり、純粋に食材として素晴らしいので、

使いたいと思ったり、理由は様々だが、

感覚的に、自分の中にないな・・と感じてしまうと、

1度きりで、もう使わなくなってしまう。

これは、僕と料理の関係が、単に仕事として捉えているものじゃないからだと思う。

例え、素晴らしい食材で、とても美味しい料理が作れたとしても、

自分の中にないものは、自分の料理じゃない。

自分の料理じゃないもので感動されても、実はあまり実感が沸かない。

そういうことを繰り返すうちに、使う食材がどんどん限られてきて、

ワンパターンになり、嫌気が刺す。

だから、また懲りずに真新しい食材に手を出しては・・・を繰り返し、

やっぱりやめようと思う。

自分の作品として、残せるものをもっと深く追求したい・・というのが、

今の率直な思いだ。

突き詰めると、やはりシンプルなものが増えてきてしまう。

味覚センスの問題だとも思うけど、

とてもシンプルな調理法と素材だけの料理は、

作り手の思考が浅いと、ただの旨いもの屋か高級居酒屋みたいになってしまうけど、

色々なプロセスを経て、そこに辿り着いたものには、

品が備わっていると思う。

これは、精神論なんかじゃなく、そういう料理には、

その素材だけで、十分に複雑で奥行きのある味わいがあり、

僕には、そちらのほうがよほど強烈な感動に繋がる。

究極の食材である必要もなくて、

ごくありふれた普通の食材でも、よく吟味し、適切な処理をして、

最高のタイミングを図れば、見事な料理になる。

僕は、基本的にずっとそういう料理を追いかけながら、

飽きないように、たまに刺激的な冒険をする・・それぐらいのバランスが丁度良い。

・・

結局のところ、人は何か表現するとき、自分にないものなんて、

はじめから形にできるはずもないし、そういう欲求も沸かないものだと思う。

そこは、ビジネスとして流行りの商業音楽を量産して沢山お金儲けができる人と、

自分の中にあるものを表現して音楽を作る芸術家との違いと同じで、

僕は、無理して前者にもなれるが、後者としてしか生きられない性だと思う。

ただ、自分の中にリアリティーがあるからといって、それが売れるとは限らない。

埋もれるだけのものもあるだろうし、センスの悪いものは、ただの自己満足で終わる。

感覚的に価値があって、同時に身近な【通訳者】がいる人は、売れるかもしれない。

また、それも運だろうし、時代とのマッチングでもある。

好きな表現を振り切ってして最後までそれを貫き通せるなら、

僕は、そんな生き方でいいとも思う。

料理は、そういう意味でひとつの自己表現であるし、生きる糧でもある。

ちなみに、余談だが、

リアリティーのある作品って、

かつてピカソが言ったように、【君にパイプを加えた男の絵は描けない、
何故なら、君はパイプを吸ったことがないからだ】の言葉が印象的だ。

恋をしたことのない人が、恋愛小説を書けないのと同じで、

僕は、自分の人生の中に無いものは、

やはり自分の色として使いこなすことが難しい。
・・

具体的な料理の話をすると、

大胆で新しい組み合わせの料理は、

それほど日本人の特性に合わない気がしている。

それは、食べる側も作る側も、両方に言える。

そういうタイプの料理は、欧米人のほうが上手だ。

今の時代、世界が狭くなり、日本人でも実力さえあれば、

海外で注目を得ることが出来る。

せっかく、そういう時代が来たのだから、

不得意というか、持ち合わせてない武器で戦うよりも、

日本人の特性を生かした料理スタイルで勝負したほうが断然有利だし、

意味がある。

だから、グローバルな視野を持ちつつ、

高度で繊細なテクニックを駆使して、

素材感に溢れ、透明感のある料理を作ることが、

日本人の作るガストロノミーの未来を切り拓くように僕は思っていて、

最終的には、純度の高い料理が残ると思う。

ガストロノミーは、美食の探求だ。

優秀な日本人シェフは、あらゆるジャンルの最高峰の技術を持ちつつ、

日本料理の使いたい技術、考え方だけを抽出し、

日本料理にはない、ピュアだけど、アタックの強い美味しさを

創り出すことができる・・可能性がある。

それは、おそらく日本人以外には、難しい・・・

欧米人の調理のプロセスを見ていると、

どうにも雑なシェフが多いし、ライフワークやものの捉え方も、

我々と大きく異なる。

太い線やカラフルな色を大胆に引いて、

周りを驚かすことは得意だけど、

繊細な描写で、余白にすら意味を持たせ、

その向こう側にある余韻を感じさせるような・・

そういう感性ではない。

これは、抽象的な例え話にも聞こえるが、

僕にとっては、ごくストレートに伝えているつもりだけど、

これもまた、日本人的な感性かもしれない。

・・・

僕は今改めて自分の料理について考え直しているし、

真摯に向き合おうともしている。

ひとつの料理を作る上で、

使用するアイテムひとつひとつをより吟味し、

何処まで適切な処理をするべきか考えている。

僕の料理の中に【蝦夷アワビ】を使ったものがある。

もう、4年は続けているだろうか?

コンスタントに作る続けている料理は、アミューズの【森】という料理と

このアワビしかない。

使う材料は、4つ。

・アワビ ・塩 ・昆布 ・水

全て自分の中にある素材だけで構成されている。

この料理は、昆布出汁に切ったアワビを落として終わり。

それ以上でもそれ以下でもない。

なのに、こんなに飽きっぽい自分が、

これを作り続けられるのは、

その中に【自分】を感じ、そのシンプルな素材と工程、

最終的な味覚の世界に、意味を感じているからだろう。
料理人になって、25年。

これからの料理人生があと15年。

60歳までを目途に考えたとして、

この先の15年は、意味を重ねていきたいと思う。

その中で、若いころのようなエネルギーと視点を持って、

何か新しい扉を開くことが出来たなら、

とても有意義で幸福なことだと思う。

自分は、いくつになっても探求者でありながら、

冒険者でいたい。

チャレンジする精神の中にこそ、創造性があり、

創造性の中にだけ、表現物としての価値がある。
入り込む余地
【ゆらぎ】という言葉が好きだ。

この言葉から感じる語感として、

何か不完全な中にこそ、感性の入り込む余地が残されていて、

それによって、新たな思考が生まれるようなニュアンスを感じる。

また、自然という大きな概念で観た時に、

宇宙全体が、その【ゆらぎ】の中に存在してて、

その【不確かなもの】の中に真実みたいなものが揺れ動いているような気がする。

言葉にすると抽象的で、具体性に欠ける感じにもなるが、

間違えなく自分の中にそういうイメージが在ることは確かだ。

自己の探求や人生に対する【問い】は、そういう不確かさがあるから、

永遠に求め続けるだろうし、考え続けることが出来るように思う。

それが表面化したものが、【自己表現】なんだと思う。

それは常に【過程】だ。

“今の時点で、自分はこう考え、こう感じているんだ”ということを

外側に出した結果だと思う。

だから、常にそれは【断片的】なものだ。

その今を切り取った時の【断面】を公開しているような感じだろうか?

自分が、ずっとそう感じていることは、

何度も文書化にもしている。

特に自分にとって、新しい気づきではないが、

今、改めて書く気になったのは、

ある人物の動画を見たからだ。

それは、樂家の当主 樂 吉左衞門。

あの千利休に見い出された樂焼の初代 長次郎の末裔にあたる人だ。

今で15代目で、450年もの間、一子相伝で樂焼茶碗を継承している。

その吉左衛門さんが、長次郎の作品について語っている動画なのだが、

その語り口調はとても穏やかで、しっかりと大地に根を張ったような

ゆるぎない佇まいと本質を見続けてきた人間の悟りの境地を感じる。

彼は、先代の父親でも祖父でもなく、見つめる先にはいつも長次郎がいる・・と語っている。

“なんの変哲もない茶碗なのです・・美しい色も無い、華やかな絵柄もない、かといって

面白い造形があるわけでもない。ただそこには、なんの変哲もない茶碗が在るだけなのに、

静かに、だけど物凄いエネルギーで、世の中に問いかけているように感じるのです。

人の中にある見栄や欲、凝り固まった常識、そういうったものに対して、

問いかけをしているように思うのです。

長次郎が創った世界というか、その造形は、不完全さ、ゆらぎ・・といったもので、

この感覚、概念は西洋にはないもので、日本人固有の【美意識】だと思うのです。

そうした造形は、なんとも言えず自然の中に在って、尚、溶け込む佇まいがあり、

凛とした美しさがある。

しかし、その不完全さ、ゆらぎの中に、我々が心を動かされるものがあって、

入り込む余地が残されているように思うのです。

完全無欠のものというのは、ある意味で思考停止状態を産むように思う。

誰もが手放しで絶賛し、素晴らしい!と称えるような・・そんな完璧なものに、

感性の入り込む【余地】は無いように思うのです。

・・・

多少、自分の言葉も混ざってはいるが、

概ね、このようなことを吉左衛門さんは、語っていたのですが、

語彙の選びやその思考の深さにとても感動した。

同時に、こんな素晴らしい世界があるんだな・・とも思ったし、

陶芸をはじめて、本当に良かったなと。

もし、あの時のきっかけがなければ、

同じ動画を観ても今と同じ感覚では受け止めていないような気がする。

この世界を知らずして、死ぬのは本当に惜しい。

心からそう思った。

・・・

僕は、料理に関していえば、

出来るなら完璧を目指している。

はじめから不完全な料理を創ろうとは、思ってはいない。

今、出している料理においても、

出来る限り、日々修正を重ね、

より精度の高い作品にしたいとも思うし、

将来的には、もっともっと完成されたものを創りたいと思う。

ただ、同時に思うことは、自分が自分の料理に対して、

思考停止になることはないようにも思う。

どんなに究極的に要素を削ぎ取って純化したとしても、

何か、自分の中で付入る隙というか、修正する余地があるように思う。

それは、他人には感じられないかもしれないし、

逆に、作り手側にそういった思考があるうちは、

他者も同じように作品の伸びしろを感じるのかもしれない。

これは、ある意味、精神論にもなるが、

その作品が面白いものか? つまらないものか? を分ける【差】というのは、

作り手の思考が【生きているものなのか?】という点なんじゃないかと思う。

一度、作り手側が、“これで、これはもう完成・・”と決めてしまって、

意識の無い中で、作業として何かを作ったとする。

技術的には完璧。出来上がったものの精度も高く、不備もない。

何処から見ても、なんら遜色なく、素晴らしい出来栄えだったとしても、

そこに【意思】がない・・・。

僕は、何度かそういうものに出くわしたことがある。

・・・

【入り込む余地】というのは、

誰もが思う未完成でもなく、不備があるものでもない。

作り手が、高い志しを持って、

どれほどに完成に近づけたとしても、

まだまだ先があるんだ・・という精神が生み出している【余白】の部分に思える。

まだ見ぬ、もっと素晴らしい作品を自らが追い求める姿があるからこそ、

時代を超えても尚、観る側に入り込む余地を与え、

作者が追い求めた思考の先を見つめることが出来るのじゃないだろうか?

だから、この世に完成した芸術作品というのは、存在してなくて、

あるのは、思考を持たない工場製品だけだ。

完璧を追い求める姿も、もしかしたら自然の中に在る【美しさ】とは、違うのかもしれない。

その考え自体が、傲慢で愚かなことなのかもしれない・・・

不完全な【ひと】が完璧・・などという言葉を安易に使うべきでもないし、

求めるべきでもない。

でも、人は、やはり何かを作る以上は、【完璧】を求めてしまう。

一体、何を求めて何を目指して【カタチ】にすることが正解なのだろうか?

そう・・・そういう自己の内面にある迷いや疑問が、

僕は、大切な気がしている。

僕は、だから飽きずにもの作りを続けていける。

いつ終わるか分からない人生だけど、

死ぬまでの間に、少しは先に進みたいと思い、その過程を楽しんでいる。
根源にあるもの
思えば、子供のころ、料理人を目指したことはなかった・・・

かと言って別の職業に就きたいと思ったこともなければ、

夢を持ったり、何かに憧れたりも無かったように思う。

でも今思えば、僕は料理の道に進んで良かったんだな・・と

最近になってようやく思うことが出来た。

前にも書いたことがあるような気もするが、

料理みたいに感覚を頼りにする世界というのは、

一般的な仕事と違って、残念ながら一定の訓練を受ければ

誰でも成果が上がるものではない。

当然、やる気と努力でカバーできる部分もあるが、

そこそこにしかならない。

何が違うのか?

それは、絵心、歌心と同じで、

ピカソや美空ひばりのように、

何も訓練を受けていない子供の時点で、

パッと完成されたパフォーマンスを披露できる人がいる。

そういう人は、その世界が必要とする

【感覚】を初めから持ち合わせていて、

それぞれの世界には、そういう人が必ずいる。

そして、生まれつきのセンスがある人が、

更に人より努力もする。

そういうプロの世界において、

普通の感覚の人が、やる気と努力でカバーできても、

そこそこにしかならない。

・・・
感覚を頼りにするプロの世界というのは、

そういう厳しい現実が在るということを僕は、この仕事を始めた時から

気づいていた・・・

だから“僕は、この世界でやっていけるのだろうか?”という想いを

ずっと持ち続けていたのかもしれない。

今もその想いは、あって時々、とても不安になる。

自分が今している事、自分が作る料理、自分の存在意義・・・

代わりがいくらでもいるし、果たして意味のあることをしているのだろうか?

そんな想いがいつも頭をよぎる。

でも、それは努力が足りない自分の中に生まれる【隙】であることも自覚しているし、

どの世界に入ったとしても、生まれる感情であることも知っている。

結局は、やるしかないし、続けるしかない・・・

その循環の中にいつもいるように思う。

・・・

最近、ふと子供の頃を思い出した。

初めて作った料理のことを・・

あれは、きっと8歳か9歳ぐらいだったと思う。

普段両親は、共働きで土曜日に学校から帰ると、

いつもテーブルに500円が2枚おいてあった。

当時は、500円札かな?

で・・2歳年上の兄は、コンビニで適当なものを買って、

パッと食べて、すぐに遊びに出かけるタイプ。

僕は、最初は兄と同じようにしていたが、

そのうち、“この500円で何か、もっと美味しい食事ができないだろうか?”と

考えるようになった。

そこで、近くのスーパー・・というか、市場みたいなお店があるので、

そこで肉を買うことにした。

ここには、よく母親に連れられて来てて、毎回僕は肉屋の前で、

ショーケース越しに肉屋のおっさんの様子を眺めるのが好きだった。

うちは、貧乏だったので、夕飯に牛肉が出たことは一度もなかった。

常に豚。

母親に“牛肉が食べたい!”というと、必ず“牛肉ねぇ〜・・美味しくないよっ・・”と言う。

はじめは母の言う言葉を信じていたが、

そのうち“これは嘘だな・・”と思うようになった。

明らかに値段も高いし、旨そうじゃないか!

僕は、そんな想いがあったので、

その時、その500円を握りしめて、肉屋に行くことにした。

あまり詳しくは覚えていないが、

きっと、そこの大将かおばさんは、子供がおつかいに来たとでも

思ったんだろう・・

“何が欲しいの?”と聞かれ、

僕は、その500円を差し出し、

“これで買うことの出来る牛肉が欲しい”と言った・・と思う。

どういうやり取りがあったかもウル覚えだが、

僕は、そこそこ厚い牛肉をゲットしたことに間違いない。

きっと、サーヴィスしてくれたのだろうか??

・・

僕は早速、その肉を焼く。

背が小さいので、台所に台を置いて、フライパンを温める。

牛脂が添えてあるので、それを溶かし、

イッキに焼き色を付ける。

うん!なんとも香ばしい旨そうな香りが・・

両面を焼いて、皿に乗せる。

フライパンを洗おうとしたが、

底を見ると、これまた旨そうな肉汁がこびりついている。

これをソースにしよう!

なんとなく、その辺にあった固形のマギーブイヨンを入れる。

水分がないと溶けないので、

やかんの水を注ぎ、再度フライパンを火にかける。

今思えば、コレが初めてのデグラッセ・・(笑

そこで、更に醤油やら、ケチャップやらを適当にいれる。

全くでグラッセの意味がなくなってしまうほど、

濃い味に凌駕させてしまっているが・・

子供の僕には、その作業が楽しい。

そして、その煮詰まった変な味のソースを肉にかけて終了。

ソース作りに時間がかかるので、肉に予熱が入り、

きっちりミディアムに仕上がったではないか!・・(マグレ)

まぁ・・そんな感じで、毎週土曜はステーキの日となった。

そんな思い出を回想して、今思うことは、

随分と迷い、悩みもしたけど、

この仕事は、自分に向いていたのかもしれない・・と感じる。

最終的に【自分の中に在るものしか表現できない】と気づいた時に、

自分の根源に、ちゃんと【料理】というものがあった。

才能は別として、本能的に料理を捉えているのなら、

それは、僕の人生にとってのギフトだ。

天に授かったもの。

この年でようやく、それに気づいたことで、

僕は、これからの人生の中で、

今までとは違う向かい方ができるような気がしている。

2,3年で自分に向いているとか、向いてない・・とか言って、

仕事をコロコロと変えてしまう人には、

きっと、その景色は見えてこないだろうと思う。

いち凡人として、僕が思うことは、

やはり継続の中でしか、見えてこない景色があるということ。

それを伝えたいと思う。
余白を埋める
モノ作りの楽しさは、余白を埋めることにある。
余白とは、自分がまだ知らぬ未知の部分であって、

その余白が埋まっていくにつれ、作品の完成度は高まっていく。
ここまでやってみて、もうこれ以上上手には作れないだろう・・と、

技術の完成にたどり着いて尚、いや待て・・まだ、ここの部分を改善すれば、

もう一つ上のレベルで作れるんじゃないか?

そんな感じで、どこまでやっても、余白に気づけるか?がその人の伸びしろだったりする。

初めて取り組む仕事は、余白だらけでとても難しくもそれ以上に楽しい。

この年になっても、初めてやる仕事はワクワクする。

初めは必ず失敗する。手ごたえを見る作業なので、失敗しないと意味もない。

そんな浅い完成は、はじめから望んでいないので、それでいいのだが、

最初の失敗からどれだけ多くの余白に気づけるか?がポイントになる。

おそらく、能力の差は、そういう部分に顕著に出るのじゃないだろうか。

一連の作業工程の中で、コツのいる部分は何処なのか?

逆に、さほど気にしなくてもいい部分は何処か?

自分の中で、修正すべきポイントは何処か?

自分の中で、理解しきれていない箇所は、どの部分か?
そんな感じで、ひとつの技術を習得するプロセスが必ずあって、

そのプロセスさえ自分の中で、整理されていれば、

どんな新しい仕事も、ある程度の段階までは数回で習得できる。
習得した技術を更に上の段階まで磨こうとするには、

先に言ったように、ひとつの技術を自分のものにしても尚、完璧じゃないことに気づく、

つまり・・余白がまだあることに気づけるかどうか?

そこしかない。

・・・

思えば、自分の料理人人生は、余白だらけだった。

事前に情報を与えられたり、完成形を見せてもらったり、

作業工程をお手本として見せてもらうような環境はなかった。

お陰で、どんな作業でもゼロの状態からそこそこの段階まで、

技術向上させるプロセスを身に着けることができた。

これは、自分にとっては幸運だったのかもしれない。

タイプにもよるだろうけど、

自分の場合、答えが出ているものを

決まった通りの工程を踏んで、完成させるような仕事は不向きだ・・・

非常につまらない。

せっかくの【余白】をはじめから埋められているようなもので、

自分の中にある想像力を遮断されているような気がする。

料理の楽しさや醍醐味というのは、

体を駆使し、手を動かし、色合いや香りといった、

刻々と変化する状態を見極め、イメージされた状態に近づける・・

その工程全てが楽しいわけであって、上手くいかないこともまた楽しさの一部だ。

一度、距離を置いて頭の中で工程を整理し、

イメージを膨らます。

あの作業の時に、もう少し長く間を置けば、ここがこうならなくて済んだのかな?

いや、それ以前に、あの分量を少し減らして、あの材料の比率をあげよう・・とか、

そういう【想像】の中での作業を、また改めて次の機会でチャレンジする。

“やっぱり! 自分の思った通りだった。”

そんな風に、もの作りとは、完成に至る過程、プロセス自体が楽しいのであるが、

中には、そのプロセスを楽しめない人もいる・・・

・・・

モノ作りの楽しさは、余白の中にあるというのに、

余白を楽しめない人は、

喜びもなく、成長もない。

僕は、それが残念でならない・・・
描写力
絵画において描写力を競い合う時代はある時期に終わった・・。
技術は研究され尽くし、
カメラという発明も後押しした。

本物そっくりに描くより、
本物を超えるリアリティーを描くことに価値を見出した。

それが抽象の世界だと思う。
絵画の歴史も【創造と破壊】によって、
新しい扉が開かれた。

それは、ガストロノミーも同じだ。

フランス料理に本当は、クラシックもモードもない。

古典と前衛があるとするなら、
それは、あくまで【過去と現在】だ。

僕は、過去を懐かしむことがあったとしても、
過去を表現したいとは思わない。

古びた感性を掘り起こし、
あたかもそれが正しいかのような振る舞いは、
感性のない人が、ノスタルジーな世界に
ひとり酔いしれているだけだ。

料理にも色々な種類があって、
気心の知れた仲間とワイワイやりながら
気軽に当たり前に美味しいものを安く食べられる店もあれば、
アートを鑑賞するように・・
或いは、映画やコンサートに出かけるように、
ある作者の感性に触れるために訪れる店もある。

今のガストロノミーとは、後者であって、
万人が必ずしも喜ぶとも限らないし、
高い食事だからといって、その人が【美味しい】と
感じるという保証もない。

作者は、過去から学び、時に過去を否定しながら
【今】という時代を皿に反映させ、
【今の自分】を皿に表現する。
そのあくなき探求心こそが、
いつの時代も料理を発展させ、進化させてきた。

もし、そこを否定するなら、
今、クラシックと呼ばれる料理も存在しない。
当時は、クラシックではなく、
【ヌーヴェル】だったのだから・・・。

【革新的】なものを否定するような人は、
歴史を否定するのと同じだ。
いつの時代も【保守】は存在するが、
保守が歴史を変えることはない。

過去にしがみつきたい人に
歴史を変える勇気も才能もない。

【創造と革新】こそが、
僕の信じる道であって、
そして、我々人類が歩んできた歴史そのものだと思う。
・・・
人間の進化は止めることができない。

長い長い歴史の中でそれを繰り返し、
進化できなかった種は、滅びてきた。

進化は正に【種の保存】の原理であって、
次世代に種を残そうという本能が進化を促してきた。

我々の業界も進化の歴史の中にある。

クラシック・・なんていう料理は存在しない。
その料理も昔は新しいわけだし、その時代に生きた人が
ノスタルジーで作っているか、新しい発想がないか、
或いは、感性が古臭いだけか・・いずれかだ。

古臭い料理、今を表現している料理、時代の先をいく料理・・
あるのは、ソレだけだ。

ただ、本質的に原理原則を捉えた【変わらない料理】もある。
それはクラシックというより、その人が見つけた真実であり、
その人の【オリジナル】だ。

・・

時代は進む。
僕は、ここ4,5年で色々な挑戦に出ると思う。
ル・ミュゼという箱に、この12年で実に2億も投資した。
それは、とても重たいものであったし、実にエキサイティングで
スリリングだった(笑
それは、あと数年で終わる。
そして、それは、新し始まりだ。
大幅にお店をリニューアルする予定。
また、更に投資する。
それは、今を表現する上で必然的なことだと思うから。