<< August 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< スノーボールアース | main | モノ作りとは・・・ >>
ガストロノミーの未来
ガストロノミーの未来は?


まず、数百年の歴史を

ざっくりと端折って話ます・・(笑


え〜・・・

イタリアから始まり、

フランスの王侯貴族に美食が伝わり、

エスコフィエが体系化し、

フェルナン・ポワンの弟子たちが、

ヌーヴェル・キュイジーヌという大きなムーヴメントを起こし、

ロビュションやデュカスが、

クラシックな中にも、より洗練され

素材感をフォーカスした、オートキュイジーヌを創り上げ、

2000年近くにスペインで今世紀、最も衝撃的な事件が起きた・・

それは、エル・ブジである。

フェランが一線を退いたあとは、ノマが台頭した。

そして、南米、アジアンテイスト・・

ガストロノミーは、今や進化することに限界がきている。


自然・・自然・・自然・・


自然というキーワード。

ナチュラルテイスト。

何かと付けて・・ナチュラルといえば言いと思っている・・


・・・


でも、本質は、そうじゃない。

自分からみると・・全然本質的なナチュラルではない。


自然と共存するとは一体どういうことか?

そこにリアリティーが無いじゃないか。


メディアうけを狙って言ってるナチュラルなんて、

ある種・・超ケミカルである。


毒々しい人間のエゴの塊にすぎない・・


ガストロノミーが何処に向かうのか?


という問いの前に、

人類は、何処に向かうのか?

をもっと考えたほうがいい。


・・・

我々は、増えすぎた種である。

もうすぐ、100億人の人口を抱えるこの地球の未来はどうなるのか?


料理人が語ることじゃないだろうって??


いや違う・・


料理人は大いに考えるべき問題である。


・・


我々は、今を生きる人間だ。

学者のように生活感のないデータを並べても、

実際は、今を生きている人にとって、

理想論にしか過ぎない。


今を生きる我々にとって、

50年後の世界がどうなっているかよりも、

今日の営業、今年の営業が大切だったりする。


しかし、それほど未来の話でもないのも事実。


まずは、日本の場合、少子高齢化の波が

一段と厳しくなり、

高級レストランに来る人も減り、

それを提供する働き手も減る。

最高の食材を作る人も減る。

ガストロノミーは衰退する一方だ・・・


そのうち・・


世界中からは、良質な食材どころか、

100億の人口を養えるだけの食糧がなくなる。

環境汚染や環境破壊により、

本当に良い食材は、より希少性を高める。


そんな未来がそこまで来てても、

先進国では、消費した食料の半分が生ゴミとなっているのが現実。

もうすぐ来るであろう世界食糧難など、まるで無視。


・・・

本当のことを言えば・・

きっと分かっていながらも、

今の流れは誰も止められないだろうと思う。


そして、人類は破たんする。


そうなる前に・・


といっても、

きっと無理だ。


本当は、今から変わる前兆が見えてない限り、

50年後も同じ。


今を精一杯表現し、

今できる最高の食事を提供する・・

その一方で、こうした未来のことも同時に考えていく必要はあると思う。


今、捨てている食材にもっと注目したほうがいいし、

人間は、本来もっと質素に生きるべきだとも思う。


それぞれが、

必要な分だけを必要な時に摂取するような

本来の生態系を少しでもいいから種として取り戻すべきだ・・




・・・




人類は、生きる為だけに食事をしない。

人類は、食事を楽しむことが出来る唯一の種だ。


すなわち、他の動物たちが、

生きるために必要な栄養素を摂取する行為を

ヒトという種は、人生の喜びに変えることの出来る

素晴らしい種でもある。


しかしながら、その素晴らしい知性や感性は、

欲が勝り、自ら種の繁栄を妨げようとしている。




増えすぎた種というのは、

いずれ衰退するか滅びるというのが、

自然界のルール。




ガストロノミーの未来とは?

ある意味、人類の未来でもある。


未来のガストロノミーとは、

ごくごくアリフレタ田舎の生活を

レストランという箱の中に再現したものではないだろうか?


技術や知識を兼ね備えた料理人が、

田舎にいき、

そこで生活し、

一切の無駄のない、

ココロある、素朴な料理を

その日のゲストの為に、

乳搾り、野菜の収穫段階から準備する。


生産者と同じレベルで

自然と共存しながら

ごく自然なカタチで

料理を持て成す…


驚きや感動、

付加価値やステイタスも・・

もはや、

派手なパフォーマンスの中には、

存在しない・・


つまらない薀蓄や、

クソマニアックなテクニックの話、

薄っぺらい料理哲学、

どうでもいい産地の話・・・


無理やり創り上げた、

意味の無い付加価値は、

もう時代じゃない。





“目の前にのみ真実がある”




それが一番自然だし、

潔いことだと思う。





本当に価値があるものであれば、

また、

本当に読み取れる感性があるなら、


何処産の〇〇を

何秒、何度で火を入れたとか、

何日熟成した・・とか、


何を表現してる・・とか、

そういった、全ての説明など、

もはや、チープであり、野暮なことだと思う。


感じる側の感性不足、

提供する側の表現不足、


その溝を埋める通訳があまりにも増えすぎて、

大して中身の無いものでも、

大して見る目が無い人にでも、

藝術や美食が安易に語られるのが、

今の世の中であり、

今のガストロノミーだと思う。




ファッション誌で紹介される都会のレストランの記事、

専門誌で紹介されている記事ですら、

何も真実など描かれてはいない。


感じる能力が無いからなのか?

或いは、

知らないだけか?

それとも、

分かっていて尚、

金儲けという目先の結果だけの為に、

見出しを選ぶのか?


いや・・・

これら全てだと思う。





・・・


正直、

他人の生き方や価値観を否定するつもりなど毛頭ない。


そこに共感しない・・というだけ。


ここに今書いたことの

多くは、自分に向けて発している言葉でもある。


自分は、こんなクソのような

現状や世の中で、

自分が守るべき人を支えたり、

養ったり、継続する為の糧にしたりと・・


どっぷりのそのシステムの中で、

利用し、利用されながら、

生活を営んでいることは事実である。


全ては、自己矛盾との葛藤。


だからこそ、自分は変わらないといけない。


ずっと、この10年感じ続け、

思い詰めていたことだ。


だからこそ、

まずは、自分が抜けださないといけない。




一番自分が、

潔いと思える毎日を送る為に・・・

















 
深く共感します。
まいたに | 2015/04/13 16:48
COMMENT









Trackback URL
http://makoto-ishii.jugem.jp/trackback/238
TRACKBACK