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もうひとつの方向性




ガストロノミーの未来・・。


という文書を以前に書いたが、

これは、

2015年4月20日に行われた、

世界料理学会のトークセッションのテーマが

【ガストロノミーの未来】なので、

その時に話せないようなことを

自分の備忘録的として書いたものだ。




色々な事を綴ってはみたが、

ある一方で思うことは、

今、ガストロノミーの最先端で、

活躍する友人や同志に、

自分は感服し、またいつも惜しみないエールを贈っている。


それをやり続け、

沢山のプレッシャーの中、

悩み、苦しみ、

そして、その世界で結果を出すことの意味や価値は、

よく理解しているし、そこに感動しているし、

ある意味・・自分には、できないことでもある。




・・


【ガストロノミーの未来】について、

もうひとつ、学会では触れなかった話を。





ガストロノミーのもうひとつの方向性として、

抽象という概念があってもいいように思っている。




自分の中では既に、

もう15年以上前から発想としてはあった。


それは、負の感情をテーマにした料理だ。





・・


素人は、美しさやデザインされた料理を【アート】のよう・・とか、

言ったりするが、それは初歩的な部分であり、表面的な【視覚】だけを

切り取って【アート的】と言っているだけで、

本来アート全般に共通する概念とは少し違うと思う。


勿論、視覚的な部分を占める割合は多いけど、

その露出していない、根底部分にあるのは、思考であり、思想だと思う。


例えば、絵画や彫刻、音楽・・なんでもそうだが、

芸術の中では、いつもポジティヴなものばかりが表現されているわけではなく、

むしろ、ネガティヴな側面を表現した作品のほうが多いように思う。


それは、はやり作品を創る過程で、

様々な負のエネルギーを解放させたいという本能みたいなものが、

衝動的に表れて、音になったり、線になったり、色になったり・・するように思う。


当然、その逆もあって、

歓喜に満ちたものや、希望に溢れる想いも

アートとして表現される。


それら全てを抱えて生きているのが【人間】であり、

光と闇の狭間の中で、いつも人は【表現】をしている。


しかし、料理の中で、

そうしたネガティヴなものは、排除される。

【悲しみ】をモチーフにした料理もないし、

【憂鬱】とか【混沌】とかをタイトルにした料理もない・・と思う。


そうした作品が、レストランという【場】において、

タブーであるし、

人に感動を与えない・・と思い込んでいるからだ。


しかし、

食べる行為、

レストランに行く行為が、

未来にもっと拓かれて、成熟して、

より芸術性を帯びてくるなら、

一連の流れの中で、

そうしたネガティヴな作品があってもいいし、

伝えるメッセージがもっと抽象的でもいいかもしれない。




ピカソが、モノクロの絵具を使い、

大きなキャンヴァスに破壊的なゲルニカを描いた想い・・

それは、戦争への失望と怒りと悲しみだったと思う。


例えば、そんな風に、

料理アートを通じて、

社会的なメッセージや

人間の感情に深く訴えかけるような・・・




あくまで妄想の世界だが、

そんな料理人が出てきたら面白いと思うし、

そういう方向性も、

ガストロノミーの未来を語る上で、

ひとつなのかもしれない・・・








 
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