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性(サガ)












性(サガ)という言葉がある。


自分の場合、

例えば、人から【どうして何かと表現したがるのか?】

と聞かれたとすれば、


【サガ】なので・・・

としか答えようがない。
 

 
別に、アーティスト気どりでも何でもなく、
 
何かを表現したい・・という衝動は、どうにも抑えることができない。
 

それは、本能であり、
 
性(サガ)だ。


・・

 
もし、


自分に音楽の才能があれば、
 
作曲や作詞して、歌を歌っていたかもしれないし、

 
絵の才能があれば、
 
画家になっていただろう。


 
それは、別に映画監督でも、
 
小説家でも・・なんでもいい。
 
 
全ては、カタチのない、ココロに浮遊しているものを
 
外側に出力して【カタチ】にしたいという、

単純な欲求だ。
 
 
・・


 
今、何を表現したいのか?




料理についてだけ言えば、

より、シンプルでナチュラルなものだろう・・


ただ、言うのは実に簡単で、

成すことは非常に難しい。


シンプルでナチュラルというのは、

紙一重で、アリフレタものとなるからだ・・


・・


表現したいと思うモチーフは、

いつもココロの中に溢れている。
 
 
もし、この先、

行き詰ることがあるなら、
 
何も感じられなくなった時なんだろうな・・・。
 
 
幸いにも、まだギリギリ自分の中に、
 
水は流れていて、
 
それを汲み取れることができる。
 
 
いつ枯れても不思議じゃないけど、
 
まだ、ギリギリ、それは保たれている。
 
 
 
ただ、ソレは、
 
他人にとっては、
 
とてもつまらなく、価値の無いものかもしれない。
 
 

例えば・・
 
僕が、陶芸家だったとして、
 
祈りを込めて、作り上げたひとつの焼き物が、
 
他人にとって、ガラクタであることと同じように・・・





・・


ひとりの料理人として考えた時、


ある意味、もはや【ガラクタ】に成りつつある。





行き詰っているわけではないが、

料理の場合、表現の向かう先に【他人からの評価】が付きまとう。




評価というのは、何位とか何星とか・・そういう事じゃなく、

他人にとって【感動に値するものを作ること】を示す。


極端な話、自分がつまらないな〜・・と思っていても、

他人が、【美味しい!】【素晴らしい!】【感動した!】と思ってくれるなら、

そこで成立していることになる。


商売が絡む以上は、ソコの評価を無視するわけにはいかない。


それは、表現する誰しもが思うことだ。




しかし、それも凡人の言い訳みたいなものであって、

稀に存在する、

本当に才能のある人は、

自分の好きな事だけやって、自己表現してるだけで、

十分に評価される。


そういう人は、表現者として幸福だ。







・・・


ガラクタを積み重ねる日々の中で、


自分の表現を模索しているが、


未だ、この【料理】という世界での


自分としての表現が見つからない・・・




サガである以上、

何かを表現することは、

自分の意思で止められそうもないが、


そもそも論として、


そもそも料理がしっくりきてないのか?


・・と思うことがある。




そこまで、正直に明かす必要もないが、

実は、2,3ヵ月に一回は考える。


かれこれ、22年前からなので、

もう随分と長い間、そう思っている。





ともあれ、

才能が無い・・という自覚があったからこそ、

逆に続いたとも言えるので、

何をやったとしても、

そこそこだと思うと、

取りあえず料理を続けようとも思うし、

【与えてくれたもの】として、

生涯大切にしていこうとも思える。





【自覚】のない人は、

きっと、何をやっても続かない。




懸命にやる前に、

【俺にはもっと自分に向いた仕事がある】といって、

放り投げてしまう・・・







才能が無いというのも、

ある意味【才能】だ。





自分のサガに対して、

そんなことを想う。


 
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