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伝えなくていいこと
昔からよく思うことがある。


言葉では説明のつかない領域についてである。


若い頃は、自分の理解が浅いのもあり、

また、言葉を駆使するのが下手なこともあり、

【コトバでは説明できないから・・】と言い逃れをしてきた。


しかし、時が経って、

それを少しずつ他人にも言葉で説明できるようにもなった。

今は、出来るだけ誰でも理解できるように、

理論的に話をするように心がけている。


説明できないのは、自分の問題。

自分が深く理解し、相手に愛情を持てば、

言葉を駆使して分かり易く説明できるはずだ。




・・・とここまでが一般論。


勿論、ある側面では、自分もそう思い実践している。




しかし、その領域を超えるような事柄もある。


要するに、言葉・・というツールだけでは、

伝えきれないことがあるということ。




人はいつのまにか、言葉というツールが意思伝達において、

万能であるかのごとく、勘違いしているようにも思う。


それは、まるでその言葉がそれそのものであるかのように・・・。


少し分かりにくい表現だが、

情報の入り方として、言葉がある程度揃うと、

受ける側は、それ以上の情報を入れようとしない働きがあるように思う。


音楽や映画、絵画や料理といった【表現物】があるとして、

その作品について、作者が中途半端にその作品について、

あれこれ説明を添えれば、その作品は見る人には委ねられない。

作った本人が言うのだから、それ以上でもそれ以下でもない・・と思うわけだ。




しかし、本来はそうじゃない。


作品にもよるが、通常は多くの背景があり、

作品は表面に出ている一部分にしか過ぎない。


見る側は、その一部分を見て、聞いて、感じて、

そしてあらゆる感性を働かせて、

その作品の奥行を感じ取る。


奥行を感じ取るのは、説明がないからだ。


自分と作品との距離感の中で、

意思の疎通を図り、

対峙することで生まれるものだ。


そこには、余計な説明は不要なはず・・・。




そういう感性は、実に大切な感覚だと思う。





人間は、生物の中で唯一【コトバ】を手にした。


言語によるコミニュケ―ションを獲得したことで、

他の原人よりも優位に立った。


ホモサピエンスが地球上で生態系の頂点に君臨できたのは、

創造性と言語の確立だ。


しかし、我々は言葉という実に曖昧なツールによって、

本来の感性を鈍らせてしまった感も否めない・・。





言葉は、表面に出ている一部分にしか過ぎないということを

改めて知るべきだ。




言葉も表現物と同様であるということだ。


その向こう側を感じ取る必要があるなら、


言葉もアートだ。




しかし、アートを言葉で説明するのは、とても野暮なことだと思う。





この世には、言葉では説明のできない領域の事柄が沢山ある。


言葉にして伝えるべきことと、

伝えなくてもいいことがある。


そんな話です・・・。


 
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