<< October 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< 夢・人生観 | main | どう生きるか? >>
基本

 

何においても基礎や基本がない限り、その応用はない。

 

何処にいってもことさらに“基本、基本”と言われる。

 

料理の世界においても、

 

基本が出来てない!とか、

 

まずは、基本が大切。とか、

 

誰もが口にする。

 

ごくごく当たり前のことで、

 

自分も若いスタッフには、うるさく言う。

 

基本の重要性は、この25年のキャリアの中で

 

随分と考えてもきたし、何度も痛感してきた。

 

だから、今更文書にするようなことでもないし、

 

あるレベル以上のシェフは、誰しも同じようなこと言っているので、

 

わざわざ、自分が言うようなことでもない。

 

 


僕のようにひねくれた思考の持ち主であれば、

 

そんな分かり切ったことより、

 

もっと斬新が意見があってもいいかな?とふと考えてみた。

 


基本??

 

そんなもん、どーでもいいんじゃないの?ってね。


・・

 

これは、さんざん基本の重要性を考えた人にのみに有効な言葉かもしれないけど、

 

良い結果を生み出す=基本ができている人。

 

という方程式が、必ずしも正しいくはないということ。

 


事実、我々の商売は、目の前の人を喜ばすことができてナンボの商売だ。

 

しかも、継続的に何十年も常に目の前のお客を喜ばせ続ける才能があるなら、

 

その人は、【良い結果を出している】と言えるだろう。

 

基本や基礎というのは、良い結果を生み出すための

 

ほんの1パーツにすぎない。

 

・・と、そんな見方も出来る。

 


例えば、専門的に音楽を学んだことのない人がいるとして、

 

学生時代に趣味で応募したコンクールで入賞し、

 

たまたまレコード会社の目に留まり、

 

メジャーデビュー・・なんて話は、またにある。

 

楽器も我流で上手いとも言えず、

 

歌も生まれつきの能力だけでやってる感じで、プロフェッショナルではない。

 

ただ、人の心に響く歌声で、

 

人間的にも魅力的。

 

売れ始めてから、後付けて色々なスキルを身に着けていった。

 

だけど、売れた要因は、スキルではない。

 

人を惹きつける魅力があったからだ。

 

・・

 

表現物には、様々なものがある。

 

音楽、絵画、写真、映画・・・などなど実に様々だ。

 

人を魅了する作品を創り出す人って、

 

皆、基本や基礎がしっかり出来ていた人なのだろうか?

 


実は、後付けタイプのほうが多いような気がする。

 

はじめは、【表現したいんだ!】という若さというか、強いエネルギーで

 

突き動かされるように作品を生み出してきたんだと思う。

 

ソレが、多少粗削りでプロからみて、

 

スキルが素人っぽくても、

 

それを凌駕する【魅力】があれば、

 

人は【感動】する。

 

 


もしかしたら、我々の業界は、そういう迸るようなエネルギーを潰しているのかもしれない。

 

修行、修行もいいけど、

 

基本ばかりの反復と雑用ばかりのキツイ仕事で、

 

その人がもっている可能性や個性、素晴らしいエネルギーの源を

 

がんじがらめの世界に閉じ込め、ダメにしていることも多いんじゃないだろうか?

 

 


我々の世界は、旨いもんを作れてナンボ。

 

そこには、基本的なメソッドがある。

 

その基礎をしっかり身に着ければ、

 

後々自分の財産になる。

 

100人いて、99人は、そういう一般的な方法論で

 

きちんと学んだ方がいいかもしれない。

 

ただ、それが全てではない。

 

今、挙げたように、

 

その方法一辺倒では、せっかくの【面白いヤツ】が、【つまらないヤツ】になる。

 

そして、どんなに素晴らしい基礎を学んだとしても、

 

最終的に結果を出せる人は、ほんの一握りだ。

 


そう・・

 

自由にやろうが、きっちりやろうが、

 

最終的に一握りの人しか結果が出ない世界なら、

 

自由にやってもいいんじゃないの??

 

これは、最終ゴールを何処にするかの問題もあるけど、

 

そういう考えがあっても間違えではない。

 


人を喜ばせる才能に、基礎も基本もないということだ。


若いスタッフの教育上、これほどの問題発言もないようにも思うが、

 

我々は、職人であること以上に、

 

人に【感動】というものを【創造】する職業であることを

 

よく頭に入れておいてほうがいい。


もし、自分にその才能があると思うなら、

 

我が道を進むべき。


そして、自分の信じる道を辛くても進み切る。

 

その先に何が見えるのか?

 


結局、

 

【やっぱり基本は大切だな・・】・・と、

 

自分で気づく日がくる・・

 

 


そんなオチ(笑

 

 

 

・・・

 


最後に余談かもしれないが、

 

最近、年を重ねたせいか若いエネルギーがとても輝いて見える。

 

その“一瞬の輝き”の尊さを我々はもっと大切にしてあげるべきだと強く思う。

 

何故、その輝きを認めることや賛美することよりも、

 

潰すような態度に出る人が多いのだろうか?

 

自分たちが、かつて修行時代に味わった苦しみや辛さを

 

同じように味合わせたいという思いもあるんじゃないだろうか?

 

心の奥底にある、その思いは一体何を産むというのだろう?

 

この業界を愛しているなら、数少ない貴重な人材をもっと大切に扱うべきだし、

 

もっと尊い存在だと思うべきだと思う。

 

その【愛】が不足してるように感じる。

 

 

ゆとり教育の弊害に対する社会の反省や、甘やかしから一体何が生まれるのか?という声。

 

そういう意見とこの問題を同レベルで語ることも間違っている。

 

無意味に甘やかす必要もない代わり、無意味に厳しくする必要もないということだ。

 

過去の反省点として、無意味な厳しさというのもの日本の社会にあったことを反省すべきだ。

 

極端な方向で議論すべきじゃない。

 

バランスの取れた中で愛を持って指導すべきだし、

 

門を叩いた時にあった若者の輝きやモチベーションをもっと尊重し、

 

大切に扱うべきであると自分は思う。

 

ある部分は、昔とは違う。

 

その時代にあった教育の仕方もあるだろうし、

 

今までの概念にはなかったような新しいトライアルもあっていい。

 

その中には、時代に関係なく人を育てる上で重要なキーワードがあるだろう。

 

【個の尊重】【精神の自由を与え愛をもって見守ること】

 

そうした本質を理解した上で、

 

若い子たちにチャンスを与え、未来を創造してもらわない限り、

 

この国にも、この業界にも明るい未来はないように思う。

 

ここからが本当の余談かもしれないけど、

 

自分のように出来の悪かった人間が出来ること、言えること、

 

してあげれること・・・を考えた時、

 

やはり、今までとはアプローチの違う方法で、

 

若い子の才能を伸ばしてあげたいと思うのです。

 

 

基本に忠実であることも大切だけど、

 

振り切るほど、自由に想いを表現することの大切さと楽しさを伝えたいと思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

COMMENT









Trackback URL
http://makoto-ishii.jugem.jp/trackback/277
TRACKBACK